 |
 |
平成23年3月11日14時46分、太平洋三陸沖を震源とする巨大地震が発生。
地震と、それにともなう津波により、「福島第一原子力発電所」は破壊され、全電源を喪失した。
全電源を喪失した事により、原子炉の冷却機能が停止した。
3月12日、1号機が爆発。
3月14日、3号機が爆発。
3月15日、2号機、4号機が爆発。
破壊された原子力発電所施設からは、おびただしい量の「放射性物質」が大気中に放出された。
4月2日、2号機の取水口付近に出来た亀裂より、大量の「放射性物質に汚染された水」が海洋に流出している事が発覚。
4月4日、東京電力は、1万トンもの大量の「放射性物質に汚染された水」を海洋に投棄。
5月には、「核燃料のメルトダウン」その後「メルトスルー」が発覚し、人類史上未曾有の「原発事故」は悪化の一途を辿り、核汚染による被害は拡大し続けている……
「これからの日本は、3月10日までとは全く異なるものとなるだろう。有形に無形に日本の姿が変わるのだ。」
3月12日、最初の爆発の報に接し、そのように思った事を憶えています。 |
 |
 |
私は、「チェルノブイ原子力発電所で起きた大事故(1986年4月26日に、旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた史上最悪の原発事故)」を期に、日本でも盛んになっていた「反原発運動」に関わった経験を持ちます。
「全原発の即時停止を求める!」
十代の私は、デモ隊と共に気勢を上げました。
しかし……時が経ち、しだいに私は「原発への危機意識」を日常の中に埋没させていったのでした。
日本では、その後も原子力発電所は増え続け、稼動を続けてゆきました。
危機意識を失わない人々によって「反原発」は叫ばれていましたが、国策として圧倒的な力をもって推進される「原子力発電」を止める事は出来ませんでした。
「CO2を出さないクリーンなエネルギー」等の文句がテレビに躍り、公の場で「原発の危険性」を論じる事がタブー視される風潮が徐々に形成されてゆきました。
「チェルノブイリ原子力発電所で起きた大事故」から25年……それは、事故の記憶も薄れかけてきていた頃でした。
多くの人々が危惧していた「原発事故」が、この日本で現実のものとなったのです。
何十年も前から「地震列島ゆえの大事故の可能性」を指摘し、警鐘を鳴らしてきた人々がいました。
彼らは間違ってはいませんでした。
現実の大事故と言う最悪の出来事により、それは証明されたのです。
私は今、悔いています。
その危険性を知りながら、原発を止めるべく闘いを続けてこなかった、己を責めています。
この大事故は、私の様な原発に無関心であった人間が引き起こしたものです。
日本を愛し護ってこられた御先祖様方に、申し訳が立ちません。
「故郷を返せ!」核汚染により、故郷を離れねばならなくなった人々は叫びます。
「我が子を被曝させてしまった……」母親達は泣いています。
日本人皆に突きつけられた嘆きを前に、私は冷静ではいられません。 |
 |
 |
昭和20年6月20日、私の祖父は、「沖縄戦」にて散華しました。
戦地沖縄に赴く際、結婚して半年の妻の手を握り、祖父は言いました、「必ず帰ってくるからね。」
私達の住む、この国は、幾万もの英霊が、「帰りたい」「帰らねばならない」愛しい故郷だったのです。
我が身を殺して祖国日本を護った祖父が、「福島第一原子力発電所で起きた大事故」以降の、一部の為政者、及び、一部の国民の、「正気とは思えぬ行動」を見たならば、この様に言って激昂し、刀を抜いた事でしょう。
|
 |
日本は、過去二度に及ぶ「原子力爆弾」による「核攻撃」を受けています。
そして、この度の、日本人自らの手で引き起こしてしまった「原子力発電」による三度目の「核攻撃」……
過去の歴史と、現在この身をもっての体験に学び、四度目の「核攻撃」だけは、何としても防がねばなりません。 |
 |
 |
原子力発電所で大事故が起これば、その被害は、直接的なものだけには止まらずに、間接的にも影響を及ぼし、更に拡大してゆきます。
土、水、空は汚され、事故発生地域近辺に住む人々は、故郷を失います。
日本人は、国土を!それと共にある歴史を!そして伝統を!その一部とは言え、喪失する事になるのです。
「日本の国土の喪失、日本の歴史の喪失、日本の伝統の喪失」。それは、ひいては、「国体の喪失」をも招きかねない、極めて憂慮すべき事態であると、私は考えております。
この国を愛する者の一人として「日本に原発は無用」と、声を大にして申し上げます。
核による汚染を、子や孫達に決して引き継がせてはなりません。
地震、津波、原発事故、未曾有の大災害に、日本は深い傷を負いました。
我が国は、真実、危急存亡の時にあります。
過去幾多の国難を克服されてきた先人達、その霊威(れいい)を纏(まと)い、その智慧(ちえ)を頼りとし、目を瞑る事無く、諦めず、国民自らが、この日本を護らなくてはなりません。
平成23年3月11日以降、日本は、「覚悟を持たねばならない時代」に入ったのです。
|
 |
| 東日本大震災において、被災なさいました皆様へ、心よりの御見舞いを申し上げますと共に、御亡くなりになりました方々へ、謹んで哀悼の誠を捧げ奉ります。 |
| 平成23年6月初旬 カッツアーマー代表 月潭眞龍 拝 |
 |